カテゴリ:あの頃は・・・( 45 )

高校3年 夏

あの夏は、涙涙の夏だった。

高校総体・・・インターハイ県予選。
高校最後のあの夏。

前大会で県優勝して全国大会に出場した私たちは
もちろんこの大会でも優勝を目指していた。

春の人事異動で監督が教育委員会に行くことになった。
尊敬、崇拝、監督の言うことが全てだった私たちにとっては大きな痛手。
でも、目指すは全国!

トーナメントを順当に勝ち進むことを想定し、
対戦相手のビデオを念入りにチェック。
朝練から、居残り練習まで、できることは全てした。

・・・つもりだった。

順当に勝ち進むと3日間。金曜日と土曜日は公休扱いで、日曜日が決勝。
いよいよ高校総体県予選が始まった。

今まで負けたことのなかったチームに敗北し、
私たちの最後の夏は、2回戦・・・県ベスト16で幕を閉じた。

泣いても泣いても悔しい涙は止まらず、仲間と手と手を繋いだ。
その夜は遅くまで、家に帰れず、悪夢を忘れるためにはしゃいだ。

次の日、学校に行くと、勝ち進むであろうバスケ部がいることに
みんなが驚いた。声をかけれるような状態ではなかった。
まだ昨日の悪夢は続いていた。

結局、過ぎ行く時間だけが私たちを癒してくれた。

  最後にひとつ、最大の後悔がある。

高校最後のこの大事な大会に意気込んで臨んだ私は
試合当日、バスケットシューズを家に忘れた。
ずっと私と1セットだったマイバッシュなのに。

マネージャーに借りた少し大きいバッシュの感覚を今でも覚えている。

不完全燃焼・・・高校3年、最後の夏。


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by cocchiy | 2005-07-21 20:05 | あの頃は・・・

にわとり

小学1年生だったあの頃・・・

我が家では、ニワトリのピーちゃんを飼っていた。

ひよこの時から育てて、とてもかわいがっていた記憶がある。

ひよこからどのくらいで大きくなるのだろう・・・?

ある日、父ヒロシは「そろそろ食べごろかな」と言った。

もちろん、ピーちゃんのことである。

もともと食べるために育てたと言い切るヒロシの腕に姉と二人

しがみ付いて放さなかった。

「おに~!あくま~!」と大声で叫びながら泣きじゃくった。

ヒロシは娘二人の抗議でしぶしぶ諦めたかのように見えた。

しばらくして、私たちは母と買い物に出かけた。

その隙に、しめしめとヒロシはピーちゃんを調理したらしい。

結局ヒロシと母はグルだったのだ。

私は夕飯のおかずに並べられたチキン(ピーちゃん)があまりにおいしく、

ピーちゃんとは知らなかったとは言え、「もっと食べたい」とせがんだのだ。

次の日、ぴーちゃんがいないことに気づき、

昨日あんなにたらふく食べたことをかなり後悔した。

この事件から25年以上もたった今・・・

我が家では今も語り継がれる伝説バナシとなった。



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by cocchiy | 2005-06-27 20:29 | あの頃は・・・

高校2年 冬

高校2年の夏、インターハイ出場の夢に敗れた私たちは
冬の全国選抜・・・ウィンターカップ目指し、県大会を勝ち進んだ。

見事に県優勝し、その年の12月東京。ウィンターカップ出場!


姉に勧められ、小学4年生でバスケットボールを始めた。
小学・中学・高校と同じコートで汗を流したメンバーは4人。
バスケが好きだったかよりも何せ仲間と共に過ごせることを
1番に考えてきた気がする。
もちろん、春夏秋冬、休みなく厳しい練習に耐え、先生に叱られながら
レベルアップはしてきたつもりだけど「バスケが全て」というにはほど遠かった。

私のバスケットボール人生の中で最高潮!東京!全国大会。
・・・と言ってもスタート選手ではない。控えの1,2番目に登場するシューター。
ドリブルがとっても下手クソな凡選手。
でもだいたいの試合には出番がやってくる。
全国の晴れの舞台で、私の名前が呼ばれた。出番だ。
ガチガチに緊張する中、コートに入った。

鮮明に覚えている。
オフェンス(攻)からスタートし、誰かがシュートを決めた。
ディフェンス(守)に替わり、私はバックランニングで戻ろうとした時、
誰とも接触したわけでもなく、何かがあったわけでもなくドスンと尻持ち、
頭を打って、軽い脳震とう・・・みんなに担がれマヌケな退場。
憧れの彼が応援に来てくれているというのに・・・
結局、私のバスケットボール人生最高潮の全国大会はたったの1分で、
しかも1度もボールに触れず、コートを1往復しただけで終わってしまった。
頭のコブだけがしばらく痛み続けた。

次の日はちょうど12/24。みんなでディズニーランドへ。
ジャージ姿で走り回り、超ラブラブカップルを思い切り邪魔してやった。

これが私のバスケットボール人生最高潮の全国大会。


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by cocchiy | 2005-06-13 13:04 | あの頃は・・・

小学4年生

今から20年くらい前になる。
小学4年生だったあの頃、高さがばらばらに違う机で
授業を受けていたあの日のこと・・・。

先生は
背の高い女の子「はーちゃん」と
背の低い男の子「さーくん」の机を入れ替えようと言い出した。

もちろん、はーちゃんは身長の割りに低い机
      さーくんは身長の割りに高い机を使っていたからだ。

はーちゃんは泣いて嫌がった。
でも、決して理由は話さなかった。

私は席が近かったから、なぜ嫌がっているのか知っていた。

さーくんにはひとつ癖があった。
何気に鼻クソをほじっては机の裏側にねじりつけていたのだ。
絶対に机の裏側は見たくないが、相当ついていたに違いない。

結局、はーちゃんは理由を話せず、泣き泣き机を交替した。
幼心に自分がはーちゃんじゃなくてヨカッタと思いながら
はーちゃんを慰めたのを覚えている。


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by cocchiy | 2005-06-13 08:33 | あの頃は・・・

泣き泣きピアノ

小学1年生の頃、ピアノを習い始めた。
とにかく、上達しなかった。

初めてのピアノの発表会の一週間前。
ぜんぜんうまく弾けずに先生にひどく叱られた。

あまりにひどかったので、「マジメに練習してきなさい」と一度家に帰された。
近所の個人ピアノ教室だったから、ひとり泣き泣き帰ったのを覚えている。
家でマジメに練習すると、それなりにうまく弾けた。
上達しなかった理由は、練習しなかったからなのか・・・?

結局、私以外の小学校低学年は全員2曲演奏した。
私だけが、ピアノ1曲と歌。
しかも、そのピアノ1曲が 曲名は忘れたけど
『ちいちいぱっぱぁ、ちいぱっぱぁ、すずめの学校の先生は・・・♪』って曲・・・。

あの時は、必死であの1曲を練習したけど、今思い出すと情けなくもあり、滑稽でもあり、
かわいらしい私がいる。

嫌々ながらも、小学6年のあの時までは頑張ってきたつもりだ。
小学4年で同じ教室に通うあの子は、私のテキスト『緑のバイエルン』などとっくに終わっていることにやっと気づいたあの時まで。

上達しなかった理由は、練習しなかっただけではなくピアノセンスが限りなくゼロに近かったというわけだ。
私は泣き泣き、母に『ピアノをやめさせてくださいと』と頼んだ。
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by cocchiy | 2005-05-12 00:49 | あの頃は・・・